ハイエントロピー合金の特異な力学特性の支配因子解明

 近年,ハイエントロピー合金に関する研究は金 属系材料科学分野で世界的に最も活発に研究の行われているテーマの1つとなっています.すでにドイツ共和国,大韓民国,台 湾などでは,数年間にわたる大型研究プロジェクトが開始していますが,日本では当研究室の乾教授が領域代表を務める大型研究プロジェクト(文部科学省科学研究 費補助金「新学術領域研究(研究領域提案型)「ハイエントロピー合金:元素の多様性と不均一性に基づく新しい材料の学理」)が進行中です.当該プ ロジェクトにおいて,乾研究室は「ハイエントロピー合金の特異な力学特性の支配因子解明」のための様々な基礎研究を行っています.

ハイエントロピー合金 (High Entropy Alloy (HEA))と は
  ハイエントロピー合金という概念は,2004年にYehらによって導入されました[1].多元系高濃度合金のギブスエネルギーにおいては,相分離や化合物 形成を もたらすエンタルピー項に比して構成元素の配置のエントロピー項の寄与が大きくなり,不規則固溶体が安定化されるというものであり,5種類以上の構成元素 がほぼ等原子分率で混ぜ合わされるとこのハイエントロピー条件が満足されるとしています.これまでにFCC構造,BCC構造,HCP構造といった単純な結 晶構造を有するハイエントロピー合金が研究され,それらの中に従来の固溶体合金では見られないような優れた力学特性を有するものが見出されています.
 ハイエントロピー合金は,狭義には
上述のように「5 種類以上の構成元素から成る等原子分率単相固溶体合金」を指しますが、近年では「多元系状態図中央付近の組成を持つ等原子分率から外れた高濃度固溶体合金 や析出物を含む多相合金」にまで研究対象が広がりつつあり,それらの中にも従来合金には見られない特異で優れた力学特性,昨日特性を示すものが数多く発見 されています.
[1] J.W Yeh et al., Advanced Engineering Materials, vol.6, p.299 (2004).
 
HEA01
図1.純金 属,通常の合金,ハイエントロピー合金(狭義)の模式図.

ハイエントロピー合金の 特徴
ハイエントロピー合金は以下の4つの特徴:
 (i) 高い配置のエントロピーによる固溶体相の安定化
 (ii) 多種類の構成元素の原子サイズの違いにより不均一に歪んだ結晶格子
 (iii) 結晶格子中の原子結合の揺らぎに由来した
トラップ効果による遅い原子拡散
 (iv) 多様な構成原子間の非線形相互作用に起因する物性発現(カクテル効果)
を持つと考えられ,それに起因すると推測されるさまざまな優れた特性が見出されています.しかしながら,その優れた特性発現の詳細なメカニズムや支配因子 についてはまだ十分には解明されていないのが現状です.


ハイエントロピー合金の特異な力学 特性
 通常の固溶体合金の場合,変形温度が低下するのに伴って強度(降伏強 度)は上昇するのに対して,引張伸びや破壊靱性は低下する傾向を示すことが知られています.それに対し,代表的なFCC系ハイエントロピー合金である CoMnFeCrNi等原子量合金は温度低下に伴い強度だけでなく,引張伸びが上昇,破壊靱性値はほぼ一定の値をとるという,非常に特異な低温力学特性を 示すことが明らかにされました.またこれまでに開発されてきた各種耐熱合金では高温域での強度低下が避けられないのが問題となっていましたが,BCC系ハ イエントロピー合金の一部に1200度以上の高温域でも高強度が維持されるものが見出されました.このようなハイエントロピー合金が示す優れた力学特性の 発現メカニズムや支配因子を解明することは新しい学理の構築につながるため学術的に重要であるとともに,従来材よりも飛躍的に優れた力学特性を持つ新規構 造材料の創製につながると考えられるため,実用的にも非常に重要な課題であるといえます.

HEA02
図 2.HEAの示す特異な力学特性の例.(a)FCC系HEAにみられる異常な低温強度特性.従来の固溶体合金と異なり,変形温度低下に伴い強度と引張伸び がともに増加する[2].(b)BCC系HEAの強度の温度依存性.従来のBCC系合金は高温で強度が急激に低下するのに対し,HEAでは強度が1600 度付近まで維持されている[3].
[2] B. Gludovatz et al., Science, vol. 346, p.1153 (2014).
[3] O.N. Senkov et al., Intermetallics, vol. 19, p. 698 (2011).

特異な力学特性の発現メカニズム・支配因子の解明に向けて

 乾研では,ハイエントロ ピー合金が示す特異な力学特性の発現メカニズムとその支配因子の解明を目的として,各種ハイエントロピー合金ならびに派生 ミディアムエントロピー合金の単結晶試料を用いた力学特性調査ならびに変形組織の詳細な解析を行っています.
[4] N.L. Okamoto et al., Scientific Reports, vol.6, 35863 (2016).
[5] N.L. Okamoto et al., AIP Advances, vol. 6,
125008 (2016).

HEA03
図3.FCC系ハイエントロピー合金の転位組織の透過 電子顕微鏡像.(a)明視野像,(b)ウィークビーム像:転位が部分転位に分解していることが分かる,(c)部分転位の分解幅の方位依存性から求めた積層 欠陥エネ ルギー.

お問い合わせ先

〒606-8501
京都市左京区吉田本町
京都大学大学院工学研究科材料工学専攻
結晶物性工学分野 (乾 研究室)
TEL: 075-753-5481 FAX:075-753-5461
[研究室は京都大学吉田キャンパス本部構内 工学部物理系校舎南棟6階にあります.]